せでぃのブログ

ブログ初心者おいどんのどうでもいい愚痴やどうでもいい愚痴やどうでもいいマメ知識などを披露するチラシの裏です。

MIGRATORY_BIRD(渡り鳥)

「おーい、そっち持ってくれー。」


緊張感の無い声を発しているのは上司の桜井だ。
今日はケーブル敷設作業の講習会兼競技会で、郊外にある建設途中のビルに来ていた。
薄曇りの天気とは対照的に、日常の煩わしい接客が無用なことから、参加者はいつにも増して朗らかで、競技会の名を借りた技術者交流会の雰囲気も至極和やかだった。
積極的な拡大方針を打ち出さないうちの会社の場合は、聞いた名前のグループ会社や顔見知りの名刺を集めるのが関の山だったが、大手メーカーのリーダーと思しき人たちは終始名刺の交換で忙しそうだった。
ビルの脇にある電柱の周囲に金網状の特設の足場が作られ、今はそこでケーブリングの競技をしていた。今は僕らの番という訳だ。


「持ちましたー。」


被り慣れない高所作業用のヘルメットの位置を左手で直しながら、叫ぶように声を張り上げる。
すると、手元の電話線が生き物のように動き出し、スルスルと桜井の居る方向に引っ張られていく。
評価されるポイントは、正確さ・速さ・整頓ぶりといったところらしい。


「んー、配線は問題無かったと思うんですけど、リンクが上がらないですね。」


作業が終盤に差し掛かったところで、ネットワークがつながらないことに気付いた。
機器に接続したノートPCを見ながら、誰に向けた訳でもない独り言を呟いた。


「ログは、何か残ってる?」


ケーブルを取り回す作業が一段落した桜井が背後からノートPCのモニタを覗き込んでいる。


「ログは特に気になるものは…、ないです。あー、もしかしてこれが例の課題ですかね。設定、微妙にいじってあるみたいです。」
「すぐやっちゃって。」


すぐやっちゃってというのは桜井の口癖だ。敢えて意訳するならば、「可及的速やかにそれをうまく解決してくれ」というところか。
上司のこの言葉に慣れない頃、代名詞すら省いた曖昧で家族的な表現に、笑いを噛み殺すのが大変だった覚えがある。


「了解です。」


桜井の癖である、一種の貧乏揺すりのような不規則な足踏みを背中に聞きながら設定を変更する。
一通り設定作業が終わったところで、機器のインジケータがオレンジから緑色に変わった。


「終わりました。」


飾り気の欠片も無い僕の合図を聞いて、桜井が試験官に向けて同じ言葉を繰り返す。
時間が押しているからだろう。直ぐに試験官の評価が始まり、ほかの業者も梯子を上って集まってきた。
一通り試験官の話を聞くと、今度は業者同士であーでもないこーでもないと、各作業者への控えめな批評と採点が始まった。
結果は概ね及第点というところだった。
余り同業者と喋る機会が無いせいか、僕や桜井も含めて参加者全員、少し熱に浮かされたようによく喋っていたのが印象的だった。




「お、合格ですか。うちの現場長もなかなか隅に置けませんね。」


後ろから来た紺色のスーツ姿の若い男にヘルメットを引っぱたかれた。三沢だ。
綺麗にヒゲを剃り、ノーネクタイで胸元が少し開いた折り目正しいビジネスカジュアル、それと陽気な笑顔が見る者に爽やかな風を運ぶ。
三沢は僕の同期で、人格・技術面どちらに置いても非の打ち所の無い男だったが、とにかくどこに行っても引っ張りダコの人気が災いして、頼れる機会が少ないのが最大の欠点だった。一応、うちのチームの構成員なのだが、とにかく席に居たためしが無いものだから、とっくに内線電話表から三沢の名前は外されていた。


「おー、お疲れー。何、三沢、こっち来てたの。」
「桜井さん、そりゃーないですよ。呼ばれたから来たのに。」


陽気に挨拶した桜井に、三沢は苦笑いで答える。


「またホテル住まいか。」
「ですね。もう10日も帰ってません。これ見たらすぐ、福岡に行かないと。」


桜井の質問に答える三沢の顔は、心なしか目の下が黒ずんでいるように見えた。それとも、普段からこんなものだったか。
顔を覚えるのが苦手な僕のことなので、記憶の中の知り合いの顔はいつだって曖昧な造形だ。
頭が下がる同期の働きぶりに、自身も休日出勤で出張中だと言うのに気後れしてしまった。


翌日、宿泊したホテルから駅に向かう途中、競技会の現場を通りかかると、昨日の今日だと言うのに名残惜しい気がした。
見上げると、昨日の競技会場はただ1点を除いて昨日のままだった。


青空に浮かぶ白い雲のように、白い布団が一組、作業をした露天の足場の上にポツネンと敷かれていた。


寝坊して慌てて飛び立つ渡り鳥と優秀な同期の姿が重なり、妙に可笑しくなった。
隣を歩く桜井と目が合ったところで吹き出してしまった。


「三沢の奴。布団くらい畳んでいけよ。」


澄み切った快晴の青空の下、まだ人気の少ないビジネス街に屈託の無い二人の笑い声がこだました。


Not to be continued....単なる僕の夢だからねw

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