せでぃのブログ

ブログ初心者おいどんのどうでもいい愚痴やどうでもいい愚痴やどうでもいいマメ知識などを披露するチラシの裏です。

MY_TOWN(僕の街)

書き留めた古い夢をば。また長いよ。


僕の街1

何かから逃げるように落ち着かない新居を飛び出て、夜の帳が降りた住宅街でランニングを始めた。フードを目深に被ったサウナスーツ姿は、歩道のある風景によく馴染む。
住宅街は造成されたばかりで区画整理が行き届いており、道路のアスファルトも歩道のタイルも純色に近くほとんど汚されていない。

夜の住宅街は静まり返り住宅街にはもったいない程の高規格の広い車道にも車通りは全く無かった。
昔からこういう落ち着かない気持ちになることがたまにあった。雑然としてあまりに見飽きた自室の風景が嫌になることが、たまにというかよくあった。近くに友人が居た頃であればファミレスにでも行って夜通し混沌とした世界情勢について同じくらい混沌としたくだらない意見を交わしたことだろうが、生憎、今は友人と疎遠な場所に越したばかりで、そういう訳にもいかなかった。それでランニングという不健康な愛煙家の僕らしくない選択肢を選ぶハメになった。

どれくらい走っただろうか。住宅街を離れ裏山の峠に差し掛かった。
僕は坂道を走り慣れた健康に目覚めた中年サラリーマンでもないし、ましてや部活で強制されたバイタリティ溢れる若者でもない。
改めてそれに気付いたところで、息を整えるように歩を緩めた。


僕の街2

しばらく歩くと、眩しい日中の日差しの中、生い茂った葉影から人工物が覗いていているのが目にとまった。ファウルボールを防ぐ緑色の野球のフェンスだ。

見覚えのある構図に懐かしさを覚え記憶を辿る。
僕が6年間を過ごした小学校だった。小学校の裏門だ。小学校の裏手にはあまり行った覚えがなかったが、まさか新居の裏手にある山道を行くと通い詰めた母校の裏手に出るとは、想像もしなかった。
少年野球だろうか。休日だというのに、監督と思しき大人の叱咤する声と、懐かしい金属バットの打撃音がこだましていた。

それでもしばらくすると懐かしさも冷め、今まで来た山道の行き先が気になってきた。知らない道を見ると、ついつい寄り道をしてしまうのが昔からの僕の性分だった。


僕の街3

小学校からどれくらい来ただろうか。
前を走っていた友人のフレディがハーレーを止めた。フレディは濃いヒゲ面にサングラスをして皮のタンクトップを着ている。身体のあちこちに付けた死を連想させる形の銀の装飾が嫌らしい光沢を放っている。

「この先、少し押すぞ。」
ぶっきらぼうにそう言うと、バイクから降りて押しながら歩き始めたので、僕もそれに倣ってバイクを降りる。もう隣県まで来ただろうか。なかなかに気持ちいい走りで、随分と田舎まで来たみたいだ。辺りは広い野っ原。野原というよりは湿原あるいは沼沢地というべきだろうか。既に住宅地の面影はどこにも無く、舗装された道路と遥か上空に掛かる新幹線の高架と、道路の周囲に生い茂った背の高い葦のほかは何も見えない。

バイクを降りてからしばらくすると、舗装道路と道路の中央に引かれた白線は川の中へ消えていた。顔を上げると、川の10mほど先で道路がまた始まっている。フレディはバイクを押して、川を渡るつもりらしい。周りを見る分には、ほかに迂回路は見当たらない。さすがに新幹線が通るほどの田舎だ。
渋々入水すると、予想以上の流れに力いっぱい抗うようにバイクを押さなければならなかった。川特有のゴツゴツした礫の上なので、足場の心配はない。
それでも少しの間、足元に気を取られていたせいで、前を行くフレディが歩を止めたことに気がつかなかった。ぶつかりそうになり、我が儘な抗議をする。

「フレディ。急に止まるなよ。」
「……」

サングラスのせいで視線はわからないが、バイクを止めたまま無言でこちらを見つめている。
と、突然、息苦しさに呼吸が乱れた。気付くと、水底の泥に足を取られて身動きが取れない。左腕の爛れた引っかき傷がズキズキ痛み、流れ出した血が水面に意味の無い模様を描きはじめる。更に、引っかき傷は胸を通り、鎖骨にまで達する深さになっていた。

「フレディ、助けてくれ!」

恐怖に駆られた僕は目の前の不精な格好の友人に助けを求める。助けを求める間にも、水面は上昇し、胸に届く高さになっていた。それだけで更に呼吸が、意識が乱れる。
僕だけが水面に没しようとしている。ハーレーの長いハンドル部分の光沢が冷たく僕を見下ろしていた。

「……因果応報だ。」

言葉の意味が飲み込めず混乱が頂点に達した瞬間、バラバラに散らばっていた記憶のパズルが1つの絵になった。
受け入れ難い事実に唖然として声が出せない僕を尻目に、それ以上何も言わず、フレディは今来た道を引き返し始めていた。

腫れた心は冷たい沢風にもカジカの鳴く声にも水面に映った美しい夕日にも癒されることはない。何も映さないはずの水面の自分の影に、菱形の格子模様が見えた気がした。夕暮れの格子模様に懐かしさを覚える。菱形の障子のある風景に引きずり込まれていく。不思議と恐怖感は無い。無意識の言葉が口を突いて出る。

「……だ。」


僕の街4

有彩色と無彩色の狭間。夕暮れの薄暗い畳敷き。障子の影が落ちる煎餅布団の上で、僕は焦っていた。

「くそっ、気付かれた。ここは僕の街だってのに。」

頭の中ではその言葉だけが繰り返される。これまでの計画は極めて順調だった。警察だって、マスコミだって気付かない。新居で実行に移した僕の犯行計画はここまで完璧だったのに。
この手にかけた人数は両手の指では収まらない。その優越感があったからこそ、探偵との頭脳戦という緊迫感を心地よく楽しめたというのに。この新しい街の支配者は僕だというのに。

ここに来て次の標的だった古い友人にバレてしまい、突然の窮地に立たされた。犯行がバレるどころか、この新居ですら危ないだろう。

次に何をすべきか、何も思いつかない。気晴らしに何かしたいのに、何も思いつかない。腹が減ったのに、献立を思い出せない。シャワーを浴びたいのに、何をすればいいかわからない。何も手につかない。

「ここは僕の街だ。」

吐き出した狂気にふと我に返り、僕は布団の上に投げてあったサウナスーツを着て、すっかり暗くなった新興住宅地に飛び出した。

Not to be continued....単なる僕の夢だからねw