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せでぃのブログ

ブログ初心者おいどんのどうでもいい愚痴やどうでもいい愚痴やどうでもいいマメ知識などを披露するチラシの裏です。

タイムスリップしても日本がスマホで世界を制するのは太平洋戦争で勝つくらい難易度インフェルノかも


日本のケータイメーカーはなぜ敗けた、という問い
 ブログよりもブコメが楽しかった。その中でもタイムスリップ小説が読みたいというブコメがいいなぁと。ケチを付ける訳ではなく、適当に考察する感じで。長いのでスルー推奨。ザックリ言いたいことは書けた。

「日本の技術者が1990年代にタイムスリップ。スマホを日本が主導すべく歴史改変に挑む」というSFが読みたいんだけれども(笑) - 見えない道場本舗

世界征服への壁

 おいどんが考えるに、国産スマホ普及への課題は3つだ。

超巨大企業戦争に勝ち続けろ

 3.11の予言と一緒で、こんな時代が来ますよ、と言ったところで既に業界全体が簡単に動くような時代ではなかった。タイムスリップしたエンジニア一人で日本を動かせるような規模ではない。スマホ普及の前にはITバブルがあったからだ。どこの駅前でも、YahooBBのポケットティッシュを配るバイトがいたし、全国にある巨大なdocomoビルだって既に完成済みだ。
 キャリアやISP、メーカーの企業規模がデカ過ぎて考察は困難を極める。あまりに巨大過ぎて一企業の動きですら追えたもんじゃない。世界を取るということは、その巨大企業同士が殴りあってとことんまで負かすって話になる。ICTのパシフィックリムだ。しかもご存知のように、当時一番の巨人、Microsoftスマホ戦争に負けた。

 スマホを開発する可能性のある企業を列挙してみる。Netscape,3com,USEN,E-Mobile,Macromedia,TrendMicro,Opera,Twitter,FaceBook,Skype,LINEあたりか。たまたま、各社にブームが来たものの、幸いにというか不幸にというか、スマホにまでは手を伸ばさなかった。しかし、Microsoft,Google,Appleには最低限、連戦連勝しなきゃ国産スマホが世界を席巻する時代は来なかったし、それでもAmazon*1CiscoYouTubeLenovo*2Firefox*3あたりや前述の一世を風靡した企業がスマホを作る世界線があったかもしれないと考えると、勝てる気がしないw Googleに変わってほかのヒットメーカーが日本市場を牛耳っただけと思うのです。


 あとは、孫正義社長だ。孫さん、日本のICT企業で一番先見の明があるのは認めるけど、独自路線のスマホを開発させてまで勝負するような人ではないから、彼がもっともっと冒険心のある方だったら国産スマホSoftbankから出て、生き残った可能性があったかもしれない。ただまぁ、商売と政治のバランス感覚がなければホリエモンのように逮捕されて時代の寵児から引きずり降ろされたような気がしないでもない。
 日本のMDプレーヤーがiPodに負けるあたり、日本の家電本当に弱いよなぁ。え? 楽天? ないと思う。

マニア向けのマーケティング

 国産スマホの黎明期を見て欲しい。あったのだ。純国産とは言い切れないが、京セラ製のスマホBlackBerryというスマホの先駆者は間違いなくいたのだ。しかし、一般受けするまでには至らなかった。マニアが知る一機種で終わってしまった。

 W-ZERO3に限って言えば、アプリが盛んに出る地盤がなかったので、スマホの良さを20%も生かせていなかったと思う。回線はPHSで細いし、GPSもない。元々ユーザ数が少ないので、有志が無料アプリを出す程度でキラーアプリらしいキラーアプリがなかった*4。キャリアとメーカーもあまり野生のアプリ開発者を歓迎するムードではなかったなぁ。その一方で、隆盛を極めていたdocomoi-mode用の有料月額サイトやiアプリの開発をするユーザの裾野が非常に広かった*5。そうそう、100円くらいの月額課金してねって販売携帯が一般的だったよね。

キャリアとメーカーの力関係

 普通は、携帯機種開発メーカーよりもキャリアの方が力が強い。それだけ開発に口を出してくる。iモードなどいい例だ。国内でAppleのような強気で出られる企業などそうそういない。それがガラパゴス化を招いたと考えるのが一般的かも。

現代に坂本龍馬はいなかった

 強いて賭けに出るなら、W-ZERO3のタイミングだな。それまでひたすら通信・通話エリアの拡大を携帯の売り文句にしていたことを考えると、それより早いタイミングでのスマホ普及は考えづらい。ADSLWiFiの普及とも重なる時期なのでいい感じ。

 そこで、WindowsではなくUNIX系のOSを入れ、タッチ方式に静電容量方式*6を開発する。それを落ち目にあったWILLCOMではなくdocomoの回線とアプリ市場に投入し、KDDIの海底ケーブルと販路を生かしつつ任天堂を巻き込んで知名度でCMバンバン流して法務部がバンバン訴訟に勝っていたら、もしかしたら時代は覆っていたかもしれない*7ソニーNECあたりが機種とOS開発かね。まぁそれでも売り方一つCMの打ち方一つで、海外勢に駆逐されそうな気もしてくるから、商売って難しいねぇ。
 要はVHSの再来だ。MDやMOの失敗が頭にあったのかもしれんが、VHSのような共通規格を作って横で連携していればなぁと。シェア、伸びたら伸びたで独禁法に引っかかりそうだし、本当難しい。
 あるいは、MixiLiveDoorあたりが最初の勢いで世界を取ってたら、GoogleもYahooもTwitterFaceBookも流行らず、以外と国産スマホができてたかもしれんw ヤマダパッドがあるならミクシセカンドライフパッドやホリエモンハッスルパッドがあってもいいじゃない。


 どうせタイムスリップするなら、PC/AT輸入あたりから任天堂がPC開発に参加して国産OS無双して欲しいかも。

国産スマホ黎明期

京ぽん - Wikipedia
 話がPHSメインになってしまって申し訳ない。京ポンが初のOperaブラウザ搭載(ガラケー)で騒いでいたのが2004年5月。ガラケーではあるが、これでやっと携帯でのフルブラウザ実現である。要はPCサイトが閲覧できる機能。ここでやっとスマホの可能性に気づき始めたか? といった雰囲気。
 実際は発売の1年前くらいから2ch京ポンスレに常駐して、毎日が祭りでみんなで妄想してたんだけどなw そう、PCのブラウザもOpera最盛期だったはず。


W-ZERO3 - Wikipedia
 初の国産スマホW-ZERO3。翌年の2005年。早いよねぇ。OSはWindowsなので純国産とは言えないけどね。タッチ方式が「抵抗膜方式」というもので、タッチペンとか爪でガリガリ押さないと認識されなかった。同僚に貸してみたら爪でガリガリやるのは相当抵抗があるらしく、タッチペンでソフトタッチして動かない動かないと言っていたw 勿論、反応は今よりモッサリ。回線もPHS回線だしね。


ポケットコンピュータ - Wikipedia
ザウルス - Wikipedia
 他方、マイコンの時代から電話機能のないポケコンとかPDAという流れもあった。最近だと、Linuxを搭載したザウルスSLシリーズというPDAに心動かされた覚えがある。
 女神転生などの小説やゲームなどで、相当早くからポケコンで通信するという発想の下地はできあがってたはずなんだけど、一般受けまではしなかっただろうし、携帯の電波が立たないよな。

海外のスマホ

スマートフォン - Wikipedia
BlackBerry - Wikipedia
iPhone (初代) - Wikipedia
 海外では、1996年にノキアが、1999年にはBlackBerryが独自のスマホを出していた。
 初代iPhoneが出たのが2007年。Appleは相当後発。それでもAndroid意外の独自規格のスマホはほぼ淘汰されてしまっている。やっぱりアメリカで訴訟しまくって勝ちまくらなきゃ。


参考)

佐野正弘のスマホビジネス文化論:Windows Phone、Symbian、BlackBerry――日本から消えたスマホOSから何が見える? (1/2) - ITmedia Mobile

*1:Kindle

*2:モトローラ買収

*3:FoxOS

*4:コロニーな生活」という移動距離に応じてポイントを貯める箱庭ゲーが流行ったくらいで、基本的にwifiで繋いだ時にDLしたニコ動やyoutubeを有志が作ったプレーヤーを使ってオフラインで見ていた

*5:こち亀でボロ儲けする話が何回かあったくらい有名

*6:指の腹で操作できる最近のタッチ方式

*7:KDDIは国際電話からの流れで海外でアドバンテージがあった